太陽電気鉄道の歴史

太陽電気鉄道が現在に至るまでの経緯がご覧になれます。


高円寺電気軌道系

黒文字:高円寺電気軌道・等々力鐵道・太陽電気鉄道系列

青文字:関東帝國鐵道・日本関東鉄道公団系列

紫文字:福島電気鉄道系列

茶文字:本庄電気軌道系列

緑文字:拝島鉄道系列

 

 

1878年(明治11年) 主な出来事:ベルリン会議

01月12日:関東帝國鐵道が大日本帝国政府主導で設立される。

 

1881年(明治14年) 主な出来事:ロシア皇帝アレクサンドル2世が暗殺される。

05月30日:帝鐵東部線 秋葉原~高津(現 下総高津)間が開業。

 

1883年(明治17年) 主な出来事:オリエント急行(パリ-イスタンブール)開通。

07月05日:帝鐵港部線 両国橋~検見川間が開業。

09月23日:帝鐵東部線 高津~成田間が開業。

 

1885年(明治18年) 主な出来事:日本で内閣制度発足、伊藤博文総理就任。

03月19日:帝鐵東部線 成田~土浦間が開業。

10月07日:帝鐵横浜線 赤羽橋~川崎間が開業。

11月16日:二代目帝鐵総裁 吉田金次郎の日本橋駅設置願いが内務省に提出された。

 

1887年(明治20年) 主な出来事:フランス領インドシナの成立。

03月14日:帝鐵日本橋駅設置の許可が下りる。これに対し、鉄道局が反発。

05月21日:帝鐵北部線 秋葉原~大宮間が開業。

12月22日:帝鐵横浜線 川崎~横浜間が開業。

 

1889年(明治22年) 主な出来事:大日本帝国憲法発布、市町村制施行。 エッフェル塔の完成。

08月01日:帝鐵北部線 大宮~小山間が開業。

11月30日:帝鐵北部線 小山~那須湯本口間が開業。

 

1891年(明治24年) 主な出来事:ロシアでシベリア鉄道起工。

4月18日:帝鐵伊勢崎線 小山~伊勢崎間が開業。

 

1892年(明治25年) 主な出来事:アメリカ西部でジョンソン郡戦争

11月29日:帝鐵伊勢崎線 伊勢崎~高崎間が開業。

 

1893年(明治26年) 主な出来事:女王リリウオカラニが廃位されハワイ王国滅亡

04月11日:帝鐵港部線 検見川~八街間が開業。

 

1895年(明治28年) 主な出来事:日本と清が下関条約締結。

09月05日:帝鐵東金線 加曽利~九十九里間が開業。

10月29日:帝鐵港部線 八街~成田間が開業。

 

1896年(明治29年) 主な出来事:アテネ五輪開催。

04月01日:帝鐵八街線 八街~東金間が開業。

 

1901年(明治34年) 主な出来事:東海道本線急行列車に食堂車が連結される。

05月16日:帝鐵日本橋駅(現 太電東京駅) 初代駅舎が開業。北部線・港部線・横浜線が日本橋まで延伸。

 

1905年(明治38年) 主な出来事:ロシア帝国で血の日曜日事件。

11月11日:帝鐵久喜線 久喜~三妻間が開業。 

 

1907年(明治40年) 主な出来事:

08月01日:信達軌道(旧)設立。

 

1908年(明治41年) 主な出来事:オスマン帝国で統一と進歩委員会による青年トルコ革命が発生。

04月14日:信達軌道が福島停車場前~十綱間、本社前~長岡停車場前間が開業。

07月13日:軌道線 長岡~保原間が開業。

07月28日:信達軌道ほか7社が合併し大日本軌道設立。同社の福島支社となる。

 

1910年(明治43年) 主な出来事:ハルビン駅において、伊藤博文が安重根によって暗殺される。

01月02日:軌道線 保原~梁川間が開業、6月18日梁川駅が移転して延長。

09月18日:武市財閥総帥 武市太郎、佐々山栄輔 他が内務省から軌道敷設、運転営業の特許がおりる。

 

1911年(明治44年) 主な出来事:メキシコ革命はじまる。

04月08日:軌道線 保原~掛田間が開業。

 

1912年(明治45年、大正元年 主な出来事:タイタニック号が沈没。 明治天皇崩御。

06月12日:武市太郎と佐々山栄輔が高円寺電気軌道を設立、電灯電力の供給事業と電気使用許可が逓信省からおりる。

 

1913年(大正2年) 主な出来事:「森永ミルクキャラメル」が発売。 

11月5日:高円寺電気軌道高円寺線 等々力~東高円寺間が開業。等々力車庫を開設。

 

1914年(大正3年) 主な出来事:第一次世界大戦が開戦。

01月16日:汽罐汽機(蒸気タービン)による発電所を東京府荏原郡玉川村野毛に設置。

06月17日:高円寺電気軌道高円寺線が全線開業する。

07月某日:本庄電気軌道株式会社設立。

 

1915年(大正4年) 主な出来事:三毛別羆事件発生

04月01日:東京府荏原郡玉川村・駒沢村・世田ヶ谷町にて電灯供給を開始。

05月21日:拝島鉄道が鉄道免許を取得。

08月20日:高円寺電気軌道等々力線 等々力~成城間が開業する。

09月20日:本庄~児玉間が開業

12月01日:高円寺電気軌道等々力線が全線開業する。

12月13日:軌道線 川俣~掛田間が開業。

 

1916年(大正5年) 主な出来事:サイクス・ピコ協定。

02月21日:帝鐵九十九里線 茂原~銚子間が開業。

05月09日:帝鐵日光線 栃木~日光間が開業。

10月18日:拝島鉄道が設立される。

 

1917年(大正6年) 主な出来事:ロシア・ロマノフ朝滅亡、ソビエト政府樹立。 フィンランド独立。

09月06日:信達軌道(新)設立。

 

1918年(大正7年) 主な出来事:ヴィルヘルム2世退位によりドイツ帝国が倒れる。

01月08日:信達軌道が大日本軌道福島支社の全事業を承継。

04月13日:拝島鉄道本線 渋谷~拝島間が開業。

05月27日:帝鐵茂原線 茂原~大多喜間が開業。

10月13日:自動車線 川俣~松川間が開業。

09月30日:帝鐵久喜線 三妻~土浦間が開業。

 

1919年(大正8年) 主な出来事:中国で五四運動がおこる。

08月13日:帝鐵横田線 新長南~横田間が開業。

10月29日:帝鐵茂原線 関尻~大多喜間が開業。

 

1920年(大正9年)

05月15日:拝島鉄道本線 拝島~青海間が開業。

 

1921年(大正10年) 主な出来事:軌道法公布。

06月12日:帝鐵房総線 関尻~木更津間が開業。

 

1922年(大正11年) 主な出来事:大日本帝国海軍の空母「鳳翔」が就役。 ソビエト連邦成立

04月17日:軌道線 保原~桑折間が開業。

05月19日:機関車の飛び火が原因で、鎌田村周辺で火災が発生。

 

1923年(大正12年) 主な出来事:大正関東大震災。

09月01日:関東大震災により野毛発電所と送電線の一部、軌道線の一部、本社などが被災。

09月04日:高円寺電気軌道全線が復旧、運行を再開した。

10月25日:仮本社に移行、本社位置を東京府豊多摩郡杉並町に改める。

 

1924年(大正13年) 主な出来事:阪神甲子園球場完成。

04月11日:拝島鉄道乙津支線 拝島~乙津間が開業。

09月26日:帝鐵房総線 関尻~布良間が開業。

 

1925年(大正14年) 主な出来事:日ソ基本条約締結。 山手線で環状運転開始。 普通選挙法施行。

02月16日:旧本社位置に新社屋が完成、本社位置を東京府荏原郡玉川村に戻す。

04月22日:帝鐵日光線 日光~中禅寺間が開業。

07月22日:高円寺電気軌道若林線が砧三丁目~若林間で全線開業する。

08月24日:帝鐵武蔵線 横浜~調布市間が開業。

11月09日:高円寺電気軌道高井戸線が瀬田五丁目~八幡山間で開業する。

 

1926年(大正15年、昭和元年) 主な出来事:大正天皇崩御。

01月某日:信達軌道が福島電気鉄道に社名変更。

04月06日:軌道線 福島~伊達~飯坂間 電化開通。

05月10日:高円寺電気軌道吉祥寺線が東高円寺~吉祥寺間で全線開業する。

07月28日:拝島鉄道全線が電化

10月01日:高円寺電気軌道三鷹線が吉祥寺~若葉町三丁目間で全線開業する。

10月15日:高円寺電気軌道高井戸線が八幡山~宮前一丁目まで延伸し、全線開業する。

11月06日:軌道線 伊達~保原間 電化開通。

12月02日:軌道線 保原~掛田間 電化開通。

 

12月21日:軌道線 保原~梁川間 電化開通。

 

1927年(昭和2年) 主な出来事:健康保険法施行。 上野・浅草間に日本最初の地下鉄が開通。

04月01日:高円寺電気軌道府中線が新川六丁目~府中間で全線開業する。

05月05日:帝鐵久喜線が土浦線に名称を変更し、土浦~水戸間が開業。

06月28日:軌道線 保原~桑折間、掛田~川俣間 廃止。

10月01日:福島電気鉄道が飯坂電車を合併。福島~飯坂温泉間を飯坂西線、福島駅前~長岡~湯野町間などを飯坂東線とする。

 

1928年(昭和3年) 主な出来事:ディズニー制作の「蒸気船ウィリー」が公開される。

01月27日:帝鐵武蔵線 調布市~所沢間が開業。

 

1929年(昭和4年) 主な出来事:初のターミナルデパート、阪急百貨店が開店。

03月30日:汽罐汽機(蒸気タービン)による発電所を東京府北多摩郡砧村大字喜多見に設置。

06月16日:帝鐵江戸川線 四ツ木~小松川間が開業。

10月29日:帝鐵日立線 水戸~日立間が開業。

 

11月04日:帝鐵武蔵線 所沢~川越間が開業。

 

1930年(昭和5年) 主な出来事:第1回FIFAワールドカップ開催。 東京・神戸間に特急燕運転開始。

06月01日:本庄電気軌道から本庄電気鉄道へ社名を変更し、地方鉄道法の適用を受け、営業を開始。

11月11日:保原町(現在の伊達市)に自動車営業所開設。

 

1931年(昭和6年) 主な出来事:ニューヨークでエンパイア・ステート・ビルディング完成。

05月23日:帝鐵水都線 水戸~鶴田間が開業。鶴田から先の延伸を断念。

08月31日:福島~藤田間の乗合自動車運転開始。

 

1934年(昭和9年) 主な出来事: 満鉄が大連・新京間に特急「あじあ」を運転開始

03月15日:帝鐵霞ヶ浦線 水戸~行方小貫間が開業。

08月28日:本庄~伊勢崎間が開業。

 

1938年(昭和13年) 主な出来事:大阪市営地下鉄御堂筋線の難波駅 - 天王寺駅間が開業。

07月11日:長岡電車車庫火災。

07月15日:福島市内で乗合自動車運転開始。

 

1942年(昭和17年) 主な出来事:日本海軍がミッドウェー海戦で大敗。

02月01日:電力統制により東京市に発電事業を譲渡。

08月01日:国策により、本庄電気軌道が関東帝國鐵道に統合。

 

1943年(昭和18年) 主な出来事:ドイツ軍がスターリングラード攻防戦に大敗。

08月12日:国策により、乗合自動車12業者を福島電気鉄道に統合。

 

1944年(昭和19年) 主な出来事:関西急行鉄道と南海鉄道が合併し、近畿日本鉄道設立。

04月10日:戦時統合により東京急行電鉄に買収され、いわゆる大東急の一つとなる

 

1945年(昭和20年) 主な出来事:第二次世界大戦終戦。

03月01日:飯坂西線が地方鉄道法の適用を受け、営業を開始。

05月25日:山手大空襲が米軍によって実行。高円寺電気軌道高円寺線に甚大な被害が及ぶ。

08月14日:第二次世界大戦が日本の降伏により終戦

 

1948年(昭和23年) 主な出来事:第一次中東戦争。

06月01日:大東急から独立、佐々山栄輔によって等々力鐡道が設立される。

10月23日:神奈川線(鉄道線)、等々力~中山間が開業する。

 

1950年(昭和25年) 主な出来事:国鉄が80系電車(湘南電車)を完成。

04月02日:神奈川線、中山寒川間が開業する。

 

1952年(昭和27年) 主な出来事:

12月28日:神奈川線、寒川~国府津間が開業する。

  

1954年(昭和29年) 主な出来事:

06月26日:神奈川線が全線開業。名称を小田原線に改める。

07月15日:小田原線箱根支線 小田原~箱根関所間が開業する。

 

1955年(昭和30年) 主な出来事:

04月01日:等鉄初の特急「太平洋」が等々力~元箱根~箱根関所間で運行を開始する。

 

1956年(昭和31年 主な出来事:

07月22日:小田原支線の箱根関所から先の三島方面への延伸を断念。

  

1959年(昭和34年) 主な出来事:

04月29日:多摩線がたちばな~高尾山口間で全線開業する。

 

 

 

 

 

 

1960.08.15|高尾線が拝島~相模湖間で全線開業する。

1962.06.12|高円寺電気軌道創業から50周年を迎える。

1964.05.23|「武市剛太郎の奇跡」と呼ばれている東名鉄道会社の新設合併が行われ、太陽電気鉄道が設立される。

1965.04.28|甲府線が麻生中央~青梅間で開業する。

1968.08.09|甲府線の青梅~甲府まで延伸し、全線開業する。

1969.07.24|旧等鉄軌道線の府中・三鷹線を除いた路線が廃線。

1972.02.28|旧等鉄軌道線が全線廃線。旧高円寺電気軌道路線65年の歴史に幕が下ろされる。

1972.04.01|東京都交通局から太陽電気鉄道へ都電の一部路線が譲渡される。

1977.10.10|寝台急行「東海横断」を新設。東京~岐阜間を結ぶ。

1978.05.21|浅草線を成田線に改名、成田~成田空港間が延伸開業する。

1978.05.22|成田空港の過激派が成田臨時検車区に停車中の太鉄車両に放火(太鉄成田線放火事件)

1980.10.02|太電が国鉄特定地方交通線の一部を引き継ぐことが政府と太電の協議により決定。

1982.04.21|特急「太平洋」の名称を「太陽」に変更

1983.08.10|国鉄特定地方交通線引継規約に基づき亀山鉄道が設立され、太電の子会社となる。

1983.08.11|太電四日市線が全線開業する。

1985.06.18|太電が日本鉄道公団解体のため路線等を引き継ぐことが政府と太電の協議により決定。

1987.04.01|日本関東鉄道公団・日本北海道鉄道公団が太陽電気鉄道に吸収合併される。

1987.04.01|日本関東鉄道公団の一部路線が新設会社 房州鉄道により引き継がれる。

1987.04.01|太陽近畿鉄道・太陽九州鉄道を吸収合併。

1987.06.15|太電ホールディングスが設立される。また太陽電気鉄道が太陽電気鉄道法に基づき特別会社となる。

1986.11.01|国鉄特定地方交通線引継規程に基づき国鉄瀬棚線の運行を引き継ぐ

1987.03.28|国鉄特定地方交通線引継規程に基づき国鉄佐賀線の運行を引き継ぐ

1991.09.21|瀬棚線、瀬棚~函館 間が開業する。

1993.02.13|旧神戸線を神石路線に名を改め、全線開業する

1993.04.25|磁気式カード「スマイルカ~ド」の販売が開始される。

2002.04.25|ICカード「スマイルカ~ド」の販売が開始される。

2004.03.28|名古屋市内線及び名東線が全線開業する。

2005.01.29|知多線を名空線に変更、知多市役所~中部国際空港セントレア間開業

2005.03.25|期間限定で万博線(EXPOLINE)が開業(豊田貨物線を旅客路線化した路線)

2005.03.25|期間限定でエキスポライナーを名古屋~万博入口間で運行

2005.09.25|万博線などの万博事業終了、万博線を豊田貨物線に戻す

2006.04.01|太陽電気鉄道法が改定される。

2008.07.01|青森高速線が全線開業

2010.04.25|「スマイルカ~ド」のシステムがリニューアル、名称を「SmileCARD」に変更した。

2011.07.17|新都市高速鉄道との相互直通運転開始。

2011.09.19|本社を東京都世田谷区から愛知県名古屋市北区へ移転。

2012.01.11|平和文化鉄道と相互直通運転開始。

2012.03.26|拝島線全線開業する。

2012.06.12|太陽電鉄設立、100周年を迎える。

2012.11.25|太電モノレール開発を吸収合併、各モノレール線が太電に。

2012.12.01|南アルプス線全線開業する。

2012.12.01|大日本グループと共同出資でアルプスルートを開業する。

2013.02.01|びわ湖線が全線開業する。

2013.02.20|本社を愛知県名古屋市北区から愛知県名古屋市中区へ移転。

2013.04.15|大分急行電鉄と相互直通運転を開始する。

2014.06.15|沖縄支社を開設、沖縄本線が全線開業する。

 

2015.04.01|日露国際列車「からふと」の運行が開始される。

 

 

 

 



特記事項

【日露トンネル関係】

●サハリントンネル

サハリントンネルはユーラシア大陸とサハリン島の間、タタール海峡(ネヴェリスコイ海峡)の海底を通るトンネルです。海底部の長さは約57kmで1952年に完成、1954年には鉄道が開業し貨物や旅客の輸送が開始されました。

サハリントンネルの構想は古く19世紀から存在していました。しかし当時の帝政ロシアは、トンネルを建設する資金も暇もありませんでした。このままサハリントンネルは幻のまま建設されないと思われていましたが、ロシア革命から約10年後の1928年、当時の最高指導者である「ヨシフ・スターリン」がトンネルの本格的な調査・計画を指示したたのです。

そして、1935年から物資輸送・軍事輸送を目的にサハリントンネルの建設工事が本格的に始まりました。しかし1939年、ドイツ、続いてソ連によるポーランド侵攻により第二次世界大戦が勃発。戦時不急を理由に建設工事が休止となった。第二次世界大戦終結の4年後、1949年に建設が再開され、様々な困難や犠牲者が出たものの建設工事は進み、1952年にようやくトンネルが完成しました。1954年夏には、線路が敷かれ鉄道も開業しました。しかし開業の式典にこの計画を推し進めたソ連の指導者「ヨシフ・スターリン」は現れませんでした。1953年3月5日にヨシフ・スターリンは、この世を去っていたのです。

スターリンの後任である「ニキータ・フルシチョフ」は、後の1956年にいわゆる「スターリン批判」を行い 街からスターリンの銅像やスターリンの功績を讃えた物が撤去されました。もしもサハリントンネルの建設が大幅に遅れていた場合、開業は不可能だったかもしれないとも言われています。

 

 

●宗谷トンネルと南樺太・千島の返還

宗谷トンネルは、北海道と樺太島の間、宗谷海峡の海底を通るトンネルです。海底部の長さは約45kmで1981年に完成、翌年の1982年に開業しました。

宗谷トンネル構想は、1906年に運行が開始されたシベリア横断急行を見た 太陽電気鉄道創業者で当時の武市財閥次帥「武市太郎」によって発表された。この計画には、日本陸軍や桂太郎・西園寺公望などが賛同し、1913年に陸軍参謀本部第三部協力の下、当時の特殊会社「帝国開拓鉄道」が計画を進めていた。しかし第二次世界大戦が勃発すると物資不足や予算不足に悩まされ計画自体が凍結となってしまう。

1945年、ソ連軍の侵攻により南樺太が占領され、計画を計画自体を進めていた帝国開拓鉄道が解体されたため進めようにも進められる状況では無かった。

樺太及び千島の領土問題に関しては、ヤルタ協定において南樺太及び千島のソ連編入に関してはソ連以外の連合国は反対し、サンフランシスコ条約でも南樺太及び千島の破棄は盛り込まれなかった。またサンフランシスコ条約への中華人民共和国参加が拒否されたと言う事もあってソビエト連邦を中心とする共産国側はサンフランシスコ条約への参加を拒否した。そのため 第二次世界大戦が終結してなお日ソの溝は深まった。

しかし、1956年の日ソ共同宣言交渉の首脳会談の際、ソ連の指導者である「ニキータ・フルシチョフ」が「ソ連の南樺太及び千島への侵攻はスターリンが行った不適切な行為」と異例の発言を行い、ソ連は日本に対して南樺太及び千島の返還を行うこととした。もちろんソ連国内からの批判はあったが、フルシチョフ第一書記は「日本との関係改善は我々にとって重要であり、再びサハリンの地を二つに分けることで日ソの関係発展に大きな懸け橋となるであろう」と発言し、1954年に南樺太及び千島の返還が実現、またその5年後には日ソ平和条約が締結した。一方、米国は日ソの関係改善をよく思っていなかったそうな。

そんなこんなで南樺太及び千島の返還が実現した後、帝国開拓鉄道の事業を承継した「日本北海道鉄道公社」が宗谷トンネル計画を復活させ、1962年に本格的な調査を開始、1969年に着工、1989年に完成、1990年にトンネルが開通し九州からユーラシア大陸まで鉄路が結ばれた。